ハセツネの記録2009-10-17 13:50:57

第一関門へ向かう
ハセツネ記録。長いです。

今回「何はともあれ完走」するのが目標で、ペース配分については22時間をベースに考えていたものに、前後で17時間、24時間完走を想定し配分したものを準備していた。

●スタートから第1関門浅間峠
 スタートの武蔵五日市駅に向かう電車の中にはすでに参加者と思われる人が沢山、不必要に緊張感が高まる。会場についてあたふたと着替え、会場周辺でストレッチをしながらウィダーインゼリーとVESPAを流し込む。秋晴れの校庭で行われる開会式、御岳神社の神主さんが選手宣誓、リラックス体操まであって、和やかな雰囲気のうちに進む。開会式の後にはスタート準備、押し合いへしあいの密度で自己申告の完走予想時間ごとに並ぶ。
 3、2、1のカウントダウンでスタート。と、言っても先頭集団が駆け出し、自分の周囲が動き出すまでは数分のギャップあ
り。校庭から外に飛び出して、ゆるゆると走り始める。最初のロード部分は走るつもりだったので、今熊神社の渋滞行列にはまるまで、走れるところは走る。
 今熊神社で大会のマーシャルスタッフで来ていたFさんを発見!嬉しい驚きで、元気をもらう。雰囲気としてはまさにお祭り騒ぎ、賑やかである。渋滞した流れのまま、予備関門の入山峠を越え、市道山の分岐へ。このあたりから渋滞はなくなり、ある程度好きなペースで動けるようになるが、先の長さを考えると走るのが恐ろしく、基本早足で進んでいく。生藤山に近づくころには西日が射しはじめ、なぜかバットマンの格好をしたスタッフと握手をした生藤山を越えた後で、ヘッドランプを装着し、帽子をキャップから布地のものに被り変えた。今回のヘッドランプは頭と腰のダブル。腰には去年完走Yさんがブラックダイアモンドのランプを改造、自作したのを貸して頂いたもの。頭には同居人のペツルのミオ。どちらも夜道を照らすお守りである。次第に暗くなり、すでに登山道脇で休んだり転がったりしている人がいる。浅間峠へ。ともかくも三分の一を終えて最初の関門をクリアできたことにほっとした。
 10分程度で再スタートするつもりが、トイレ行列。これから先は長くトイレがないので、仕方なしにこの行列に並び、待時間を利用してストレッチと食べ物の補給。パンを口にいれるが、既に固形物が食べにくく、嚥下に苦労し水で流し込んだ。
 この時点で22時間完走配分に比し、(同じペースなら17時間完走もできる)2時間の貯金。

●第1関門から第2関門月夜見山駐車場
 ここから使用が許されるストックを手に、次の目標を西原峠と定め、笹尾根を進む。本来ならば快適に走れる部分であるが、これまた長い先を思うと走る勇気も出ず、早足ですすむ。長く行動するに従い、ちょっとした登りがきつく感じる。そして進めば進むほど立ち止まるひとも目に付きはじめ、プレシャーが高まる。
 笛吹峠でストレッチ、食糧補給。スタッフのおじさんが「12時までに三頭山を超えれば、ゴールできる。あまり休まず止まらないといいよ。」と声をかけてくれる。側に張ってあるテントの中からはなぜかイビキが聞こえた。
 西原峠でその先の登りに備えてVESPAを補給。ここから先の三頭山登りが全行程最大のポイントと聞いていたので「絶対にとまらない」と心に言い聞かせる。視界はヘッドランプの照らす範囲のみ、足下を見ながら何も考えない。聞こえるのは自分と、前後の人達の息づかいのみ。
 「お疲れさまでーす 三頭山でーす」というスタッフの声にひっぱられて頂上着、23:15。夏には家族連れで明るかった頂上も、暗闇の中で座る人の山。これで中間地点。ここではじめて腰を下ろし休憩。ここで飲むと決めて持って来ていた待望のオレンジジュースを口にしたが、酸っぱく感じて全然おいしくなかった。この時点で22時間配分比2時間弱の貯金はそのままだ。
 10分ほど休憩し、月夜見に向かう。頂上から峠までの下りはいやらしく(夏はここで膝を痛めた)、ましてや暗いので神経を使う。風張峠でいったん車道にでて、短い車道を走るが足に響くことに気づき、止める。月夜見山に向かう間中、木々の間に橙色の三日月がぼんやりと見えていた。
 午前2時前に第2関門着。唯一の給水ポイントで、水を1.5リットルもらう。ポカリもあったがともかく口の中が甘ったるくてどうしようもないので、水のみとする。トイレ休憩。食糧補給とここでもVESPA。駐車場にはブルーの養生シートが広げられ、転がる人多数。リタイヤ受付の明かりがまぶしく、異様な雰囲気である。たどり着く人に比べて再スタートしていく数が少なく感じられ、ひるむ。「月夜見から先へ、勇気を出して最初の一歩を踏み出す事」というYさんの言葉を思いながら、駐車場を後にした。
 この時点で22時間配分比の貯金は1時間。やはりペースは落ちて来た。

●第2関門から第3関門御岳山長尾平
 第2関門から先を行く人は極端に少なくなり、一人旅が続く。時折登山道脇にランプを付けずにそのまま転がっている人もいるが、寒くないのだろうか。気温が下がって来ていたので、第2関門から大ダワまではウィンドブレーカーを来たまま行動した。
 振り返ると、小河内峠から御前山を超えて鞘口山までが、自分にとっての正念場だった。御前山ほどの小さな山への登りを、これほどキツいと思ったことはない。この山の頂上には永遠につけないのはないかと思うほど、キツかった。御前山でヘッドランプの電池交換。
 夜中に入っても眠気は感じなかったが、御前山を下り始めしばらくして吐き気を感じ、しばらく座る。梅干しを口にいれ、アミノバイタルゼリーを飲んで、回復。大ダワへ。
 大ダワに5時半ごろ着。トイレと食糧補給、オレンジジュースの残りを飲む。これで22時間配分比の貯金ゼロ。それでもここで50キロ地点、残りは22キロを切り、しかもこれから先の道はそれまでよりもラクになる。24時間配分では1時間貯金があったのでこの時点で「完走」を確信した。
 大ダワからの道はわずか1週間前にも歩いている。大岳山直下まではゆるやかで、夜が空けて明るい緑の中を早足ですすむ。走るほどのペースではないが、ここで数人を抜く。1時間ほどで大岳山の頂上へ、7時着。ここからゴールは歩いたって4時間なのだ!ちょっとした安堵感でもって、ここで飲むと決めていたプルーンジュースを飲み、食糧の残りをできるだけ食べる。ランプをはずし、ウィンドブレーカーを脱ぎ、キャップを被った。
 大岳山からの面倒な下りを注意深く進み、芥場峠から御岳山に向かう。途中の水場(湧き水)の冷たい水をゴクゴクと飲み、第3関門に8時前着。22時間配分比の貯金ゼロはそのままであった。

●第3関門からゴール(五日市会館)まで
 御岳山の参道に出てから歩くのが面倒になり、日の出山までの間走る。明るくなって元気になったか。日の出山で再びマーシャルスタッフのFさんに会う。そもそも、1年半ほど前にハセツネの話をFさんとしなかったら、こんなことをやっていなかった、と思うと可笑しい。
 日の出山からはゴールがある下界が見下ろせる。
 晴天。
 あと12キロ。
 この先数カ所でマウンテンバイクの人に抜かれながら、徐々に足に疲労感を感じつつ、ただひたすら足を動かす。この後に及んで走っているひともいるのだが、自分のペースはあがらず。一方、ボロボロになって歩いているひともいてハセツネの忍耐レースはまだまだ続くのだ。
 と、登山道の脇に腰掛けているYさんと同居人を発見!待っていてくれたのだ。「えー、早いねえ」と言われ、「元気そうだ」と言われる。まあ、確かに思ったよりも元気な気はするが多分にナチュラルハイなのかもしれない。
 金比羅山の神社の手前でYさんが、神社を過ぎてから同居人が先にゴールへ戻っていった。ゴールには3号さんも待っていてくれるらしい。
 神社の参道に出てから、再び走り始める。これで最後だと思うと意外に足も動くもの。車道に出てから今更ながらのラストスパート。「がんばれ、がんばれ」とのエールに励まされ、残る限りの力をだしてゴールに駆け込んだ。
 21時間47分44秒。
 エントリー数2256名、出走2070名、完走1727名のうち1571位。決して自慢できる記録ではないが、自分にとっては本当に嬉しいゴールだった。
  焦らず自信を持つ。
  気をつけてケガをしない。
  明けない夜はない。(←笑)
 こうして長い山旅が終わった。